国立大蔵病院 母性内科 村島温子
当病院では母性内科を設置し合併症妊娠および妊娠中の内科的合併症の診療をおこなっています。
合併症妊娠とは病気を持つ女性がする妊娠のことです。
病気を持ちながら妊娠を希望されている方の診断、治療を受け付けています。
妊娠合併症とは妊娠中に出現する病気のことです。前回の妊娠で内科的な異常がみられたので今後の妊娠が心配という方などの相談も受け付けています。
主な対象疾患
膠原病: 全身性エリテマトーデス、シェ-グレン症候群、慢性関節リウマチ、強皮症、 皮膚筋炎・多発筋炎、大動脈炎症候群、 抗リン脂質抗体症候群
腎疾患・高血圧症:慢性腎炎、高血圧症
呼吸器疾患:気管支喘息
消化器疾患:ウイルス性肝炎、妊娠関連肝疾患、潰瘍性大腸炎、 クローン病
神経疾患:重症筋無力症、多発性硬化症
血液疾患:特発性血小板減少性紫斑病、自己免疫性溶血性貧血
感染症:結核、HIVウイルス(AIDS)
1.膠原病合併妊娠
膠原病というと若い女性がかかる大変な病気という認識の方が多いと思います。しかし血液検査が普及し、どこでも簡単に抗核抗体が検査できるようになったことなどもあり、ひと昔前までは膠原病と診断されないような軽症なものまで含まれるようになりました。ですから膠原病といっても個々の患者さんの病状に合わせた妊娠対策が重要です。
SLEは膠原病の中でも特に妊娠管理が難しい病気です。SLE患者さんが妊娠を希望する場合、注意すべきは病気が落ち着いているか(疾患活動性)ということと抗SS-A抗体、抗リン脂質抗体の有無です。
1)病気が落ち着いているか?
病気が落ち着かないまま妊娠すると妊娠中に60%、分娩後100%と高率に病気が悪化するというデータがあります。病気が悪化すると本人ばかりでなく胎児の健康状態に支障が出てくるので早産になることが多く、未熟児の誕生につながります。では妊娠時に病気が落ち着いていれば問題なく妊娠が継続でき元気な赤ちゃんが出産できるのでしょうか。答えはノーです。なぜかと言いますとSLEが落ち着いた状態で妊娠しても軽度なものまで含めると2割前後の患者さんで病気が活発になります。また、病気自体は落ち着いていても次に述べるような抗SS-A抗体、抗リン脂質抗体が陽性である例では良い結果が得られないことがあります。また腎炎をわずらった患者さんでは治療によりSLE自体は落ち着いているが腎機能が落ちていることがあります。このような例では妊娠中に腎機能が悪化することがあり注意が必要です。このようにSLE患者さんの妊娠出産はひとりひとりの患者さんに合わせた、言わばオーダーメードの管理が必要です。
2)抗SS-A抗体と妊娠
抗SS-A抗体とは何でしょう?:SLEやシェーグレン症候群などの患者さんの血液中に検出される抗核抗体のひとつです。
これと妊娠がどう関係するのでしょう?:抗SS−A抗体陽性の母親から生まれた赤ちゃんの一部に皮疹、血球減少、心ブロック(心臓の電導路の障害)などがみられることがあり、これを新生児にSLE様の症状がみられることより新生児ループスと呼んでいます。
なぜ新生児ループスは起こるのでしょう?:妊娠中、お母さんからおなかの中の赤ちゃんへ免疫グロブリンという物質が移行するのはご存知ですか?この免疫グロブリンは出産後も3−6ヶ月間赤ちゃんの胎内に残り感染から身を守るのです。生後半年ぐらいは風邪をひきにくいといわれるのはこのためです。話を元に戻しましょう。抗SS-A抗体は免疫グロブリンのひとつですから妊娠中赤ちゃんの胎内に移行し、皮膚、心臓などで問題を起こすのです。
新生児ループスは治るのですか?皮疹、血球減少は母親からの移行抗体の消失とともに軽快します。しかし、心ブロックの多くは軽快せずペースメーカーの植え込みを必要とします。
抗SS-A抗体が陽性と言われました。心配です。:抗SS-A抗体陽性者の母親から新生児ループスが生まれる確率は10%前後、心ブロックを呈する児が生まれる確率にいたっては約1%と低く、この抗体を持っているからといって必ずしも問題が生ずるわけではありません。
どういう患者が心ブロックをおこしやすいのでしょうか?:はっきりとしたことはわかっていませんが、この物質の性質によってある傾向があると考えられています。抗SS-A抗体は対応抗原の分子量(52kD,60kD)によって2種類あります。このうち52kDに対する抗体が陽性の母親から生まれた赤ちゃんの方が心ブロックを含めた新生児ループスを起こしやすいといわれています。また経験的ではありますが抗SS-A抗体の価が高いとおこしやすいともいわれています。しかし、これらには例外があるのも事実です。
どのような治療があるでしょうか?:理想は抗SS-A抗体を陰性化させることですが、実際は不可能なので抗体量を減らすための治療をします。具体的には血漿交換療法で抗体を取り除いたり、抗体の産生をおさえるためにステロイド剤を投与したりします。
3)抗リン脂質抗体症候群(APS)
流産の原因として抗リン脂質抗体が知られています。
なぜ流産を引き起こすのですか?:この物質は動脈や静脈の血栓症の原因として知られています。流産は胎盤血管の血栓症(胎盤梗塞)によるものと考えられています。
この物質による流産の特徴はありますか?:胎盤の完成する妊娠5ヶ月前後、すなわち妊娠中期におこるというのが大きな特徴です。
なぜSLE患者の妊娠に関係があるのですか?:この物質はそもそもSLE患者が発端となって研究されてきたくらいですからSLE患者の2割ぐらいで陽性です。SLEなどの基礎疾患のない原発性抗リン脂質抗体症候群とよばれる患者さんもいます。
抗リン脂質抗体が陽性と言われました。必ず血栓症をおこすのでしょうか?:いいえ、この抗体が陽性と言ってかならず血栓症を起こすわけではありません。
抗リン脂質抗体はどういう検査でわかるのでしょうか?:血液中のループスアンチコアグラントや抗カルジオライピン抗体を測定します。
以前に妊娠6ヶ月で流産し、抗リン脂質抗体が陽性といわれました。どのような治療が必要でしょうか?:少量アスピリン療法、場合によってはへパリン療法で血栓形成を予防します。ステロイド剤投与や血漿交換療法を行う場合もあります。
慢性関節リウマチ(以下RAと略します)は関節の炎症が続いた結果、関節が壊れていく病気です。RAの病状を評価する方法は、関節の炎症がひどいか治まっているか(活動性)、関節がどこまで壊れているか、関節の機能はどのくらい障害されているか(機能障害)の3つです。
RA患者さんの妊娠が可能かどうかの判断はRAの活動性よりむしろ機能障害の程度が重要です。妊娠中は体重が増加しますので下肢の関節(股関節、膝、足首)へ負担がかかりますし、経膣分娩を行うには股関節、膝関節の可動域が十分に保たれていることが必要です。また、重労働である育児に耐えられる関節であるか、サポートしてくれる人がいるかなども重要な要素です。
妊娠すると決めたら、現在使用している薬剤について見直してみましょう。抗リウマチ薬(シオゾール、リドーラ、リマチル、アザルフィジン、メタルカプターゼ、モーバなど)免疫抑制剤(イムラン、ブレディニンなど)のほとんどが妊婦への投与の安全性が確立されていません。これらの薬剤は可能な限り妊娠が判明する前から中止したほうが良いでしょう。特にメソトレキセートは催奇形性が明らかになっており早めにやめたほうがよいと考えます。消炎鎮痛剤は安全性が確立されていないので、できれば中止したほうが良いと思いますが、妊娠初期に内服してしまったからといって心配する必要はないでしょう。
次にRAの活動性と妊娠についてお話しましょう。関節の炎症が強い(活動性が高い)と痛みや腫れがひどく、熱を持ったりします。血液検査では血沈が亢進し、CRPが高くなります。このような状態で妊娠してはいけないでしょうか(我々はこのことを活動性が高いと言います)?答えはノーです。一般的にRAは妊娠中軽快するといわれています。ですから活動性の高い時期に妊娠しても妊娠中は軽快する可能性があります。また、もしも軽快しなくてもプレドニゾロン5−10mgでコントロール可能と思われます。
分娩の方式は関節の可動域などを考慮し、産科の医師と相談して決めることになるでしょう。授乳はプレドニゾロン20mg以下ならかまわないとされています。
2.甲状腺疾患合併妊娠
甲状腺疾患の代表的な疾患であるバセドー病、慢性甲状腺炎は女性に多い病気で、妊娠中、産後に病状が変化しやすいという特徴があります。甲状腺ホルモンは“活気”のホルモンとも言われ、過剰な状態ではイライラしたり、やせる、汗をかくなどの症状が出現し、不足すると疲れやすく、活気のない抑うつ状態となります。
バセドー病は比較的頻度の高い疾患であり、若い女性に起こりやすいことなどから妊娠は大きな問題です。薬で病気が落ち着いていれば、健康な人と同様に妊娠、出産が可能です。病気が落ち着かない状態で妊娠すると流産、早産する場合がありますので薬でよくコントロールしてから妊娠するようにしましょう。バセドー病のくすりはチアマゾール(メルカゾール)、プロピルチオウラシル(チウラジール、プロパジール)の2種類ありますがおなかの赤ちゃんへの影響は差がないと考えられています。プロピルチオウラシルは授乳可能ですが、チアマゾールは授乳が制限されます。バセドー病は甲状腺ホルモンの分泌を促す物質が作られる結果甲状腺機能が亢進する病気ですが、その物質は胎盤を通して赤ちゃんに移行します。お母さんがくすりで上手にコントロールされていればこの物質は作られていないので問題ないのですが、手術やアイソトープ治療で甲状腺機能が正常になっている場合はこの物質が作られている可能性が高いので注意が必要です。血液検査で簡単にわかります。
慢性甲状腺炎も女性に多い病気です。30−40代の女性に限れば10人に1人いるといわれる、ありふれた病気です。症状に乏しく健康診断などで甲状腺腫として発見されるぐらいです。慢性に経過しますので通常はあまり心配いりませんが、出産直後には炎症の急性増悪がおこりやすいと言われています。その際、甲状腺に作られていたホルモンが一気に放出され一時的な甲状腺機能亢進症を呈します。その後急激な甲状腺機能低下症におちいるケースもあります。イライラしたり、抑うつ的になったりして、育児ノイローゼや産後の肥立ちの悪さとして捉えられている例も少なくないと考えられます。