外来の裏話
カルテNo,28 死ぬまで働きたい
- 患者
- 58才の男性,会社員
- 主訴
- 便秘,食欲不振
- ストーリー
- 毎年,当院で会社検診を行うある建設会社の新入社員が頑固な便秘を主訴として来院.
体重はこの数ヶ月で5キロも減り,全く元気がない.
診察の結果,腹部のがんと直感し,腸の検査を直ちに行った.
「下の結腸に大きな腫瘍があるらしいので......」家族の方にも説明し,大きな病院へ入院して手術や精査が必要ですと説明したが本人は「分かりました」の返事のみ.
数週間経っても何の連絡もないので会社に連絡した所,転職したとのこと.
驚いて探したが一人暮らしでなかなか所在がつかめない.
会社の上司にやむなく病名を告げ,共同捜索に乗り出す.
やっと,本人から連絡が入り,「病気の事はいいですから」とのこと.
来院の意思も全くない.「このまま,働き続けたいのです」
以来,全く連絡が取れなくなった.
- 考察
- 自分がガンの末期であることを知っていても働き続けるとは?
その日暮らしで経済的に困っていたのかも知れないが,不思議な症例である.
発見が遅れていたのでかなり大きな腫瘍で転移の可能性もある.
現在もアップルコア(末期ガンの所見)のレントゲンが保存されたままである.
度重なる来院への説得と紹介入院を拒み続け,取りに来なかった.
どこかの病院からも何も問い合わせもなかった.
多分,最後まで入院もせず自宅で頑張ったのだろう.
医師だからと言って個人のプライバシ-や生き方にまでには踏み込めない.
医師としての限界である.
宗教的な理由から最後まで輸血を拒まれる医師の苦悩もきっと同じだろう.
本人の意思と希望を最後まで尊重してあげた事にむしろ,満足すべきだろうか?
常識では考えられない,印象に残る一症例であった.